1983年以来、竹田 豊氏の腕一本で信頼を得てきた国産ハイエンドコンポブランド。新たなエンジニアが入社し、Sonicに新風を起こす。
今回は(有)ラムトリックカンパニーより新谷氏をお迎えし、ミュージックランド 杉山とSonicの新開発されたプリアンプについてその詳細に迫りました。
対談
有限会社ラムトリックカンパニー
新谷 勇介
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MUSICLAND KEY
杉山 世岳
(L to R)
有限会社ラムトリックカンパニー 新谷 氏
MUSIC LAND 杉山
既存のアクティブベースに感じていた問題点を何とかしたかった
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杉山(以下、杉):まず、今回のプリアンプの製作のきっかけはなんだったんでしょうか?
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新谷(以下、新):きっかけはいくつかあるのですが基本的には全て既存のアクティブベースに感じていた問題点とそれを何とかしたいという気持ちです。簡単に言うと……。
「ローが回らないプリアンプが欲しい!」
「『音が硬い』という先入観を変えたい!」
「音質を改善したい!」
「愛着を持てるサーキットにしたい!」
の4つです。まず、 「ローが回らないプリアンプが欲しい!」。これは、Sonicを使ってくれているお客さんのライブを見るためにライブハウスへ足を運ぶことが多々あるのですが、そんな日常の中で、ローが異常に回ってしまっているアクティブベースユーザーを続けざまに見る機会があったのです。もっと感覚的に使える周波数設定のプリアンプが必要であると感じました。既存のプリアンプにはローのピークが40~50Hzくらいに設定されているものが多いのですが、ベーシストはアンプの音を聞いて音を作っているのですが、実際にはPAから不必要に音圧(超低域)が出てしまっていることがよくあります。
次に、「『音が硬い』という先入観を変えたい!」ですが、90年代頃を中心に流行したアクティブサーキットのサウンドは高域が無機質すぎるとも感じていました。その音が必要な人には非常に良いのですが、単純にイコライザをベース本体に搭載したいだけ人のニーズは満たせないという問題です。「アクティブは硬いからイヤだ」という先入観をベーシストが持ってしまうのは非常に残念です。その硬さは副作用的なものですから、回路構成を工夫することによっては取り除くことが可能なんです。
「音質を改善したい!」は、ベースに内蔵するプリアンプである以上、バッテリーが長持ちする必要があります。ですが、そのために性能がないがしろにされている商品も実際に存在しています。消費電流を抑えたオペアンプICは、再生可能な音域が狭くなりがちです。トレブルをブーストした時にスラップのプルに耐えられずに、自らの出力で歪んでしまうという問題を抱えている市販品もあって、この問題はICの丁寧な選別によりかなりの部分が解決できると思いました。これは試作によって実際に解決可能であることが実証されました。
最後に 、「愛着を持てるサーキットにしたい!」。パッシブベースについてはオイルコンデンサやビンテージ配線材など、愛着を抱ける部品が使えるのに対して、アクティブサーキットはそれ自体の精密さゆえに、こういったものを諦めなくてはいけない虚しさがあると感じていました。業務機器に使われているような超小型のチップ部品に頼るのではなく、ベーシストが「中身にもこだわったものを使用しているのだ」と誇れるような音響用部品や高品位部品を使用できる配線方法を考案したいと思いました。
よって、「外形は25ミリ四方(JBキャビティに収まる)の小型」「チップ部品を使わなくてもよい基板パターン」「周波数や帯域の設定が自在にアレンジできること」「パッシブベースユーザー向けにもカスタマイズできること」「低消費電流であること」「音質を犠牲にしないこと」「気温の変化に対して動作が安定していること」、これらを要件に定めて設計を試みました。
基板のパターンを考えるのは、趣味と言っていいほど好きな作業
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杉:この前きてもらった時に、オペアンプやコンデンサーのいろんな特性の件や、いろんな資料を研究した話をしてくれたじゃないですか。そのときかなり詳しく、マニアックなとこもあるんだなーと新しい新谷発見があったんですが、軽くプロフィール的なとこを教えていただけますか?
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新:大学時代にベースを始めて、当時は「はっぴいえんど」のコピーバンドをやっていました。大阪にある某工房でベースをオーバーホールしてもらったことがあるのですが、そのときに「手を入れるとこんなにも弾き心地も音色も変わるのか!」と衝撃を受けたんです。それをきっかけに大学卒業後にギタークラフト科のある音楽学校を探しまして、ベースマガジンの記事などで知っていた竹田が教える国立音楽院に入りました。記事や本を読んで感じていた印象としては「うそや大げさなことを言わない人」「絶対に知ったかぶりを言わない人」といった感じでしょうか。その印象は今も変わらないですね。
ギターに関する作業は、実際にやっているところを見せてもらわないと基準が分かりません。これでは練習すら出来ないので、上京する資金を貯めていた2年間は、ひたすら電気関係の勉強だけをしました。当時の愛読書は伊藤健一 著『アースのはなし』です。回路図上の理論ではカバーしきれない電気の本質的な性質が分かります。
クラフト科の入学時には部分的に竹田よりも詳しいことがあるくらいの知識レベルになっていましたので、授業が終わった後に、ギターのトーン回路がどう作用しているかについて回路図を描いて竹田に研究報告をすることもありました。
(その甲斐あってか)その後、ラムトリックカンパニーに入社しました。竹田考案のSonicオリジナル配線パーツ「ターボブレンダー」のブレンダー部分に、フルアップ加工を施すことで改良できることを発案してバージョンアップするなど、電気知識を生かした新商品を作っています。竹田はフェンダーのサービスマンだっただけあって真空管回路については非常に高い知識を持っていますので、私が半導体関係を研究することで知識を社内で補完し合っています。
基板のパターンを考えるのは、趣味と言っていいほど好きな作業のひとつです。安定的な動作をさせるためには部品同士の位置関係にも気を配らなくてはいけません。基板上にはたくさんのノウハウがあります。BIRDCAGE(鳥かご)パターンでは立体構造を取り入れていますのでさらに複雑になります。完成した頃には基板パターンは知恵の塊になっています。
学生時代からラムトリック入社までは吉野家でアルバイトをしていました。エリア内で牛丼盛りつけチャンピオンに選ばれたこともあります。未だに仕事で使っているエプロンには、優勝賞品でもらったチャンピオンバッヂをつけています。職人気質でないと習得出来ない技術ばかりでした。そこで自信をつけて東京に出て来たようなところはありますのでこれは大切なルーツです(笑)。
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杉:吉野家のお話はおもしろいですね(笑)。アフロヘアーのルックスで想像するのとは違う一面を垣間みました。
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新:アフロになる前は短かったんですよ(笑)。 はっぴいえんどに出会ってからラッパズボンが好きだったので辛かったですが(笑)。
イコライジングのパラメータの決め方には、臨機応変な設計哲学が不可欠
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杉:話を本題のプリアンプに戻しますが、今回のアッシュ/メイプルのJBにこのプリアンプが搭載されてます。持ってきていただいた後、スタッフみんなで試してかなりの音の良さに盛り上がりましたよ!
たしかに先ほどのローがまわらない、『音が硬い』という先入観を変えたい、とおっしゃる部分は試すとすぐに分かりますね。低音域はブーミーになりすぎることなく力強くなりますし、高音域は抜けはありつつ耳障りでない、そして密な部分のパッシブ感が残ってますね。
企業秘密な所もあるかと思うんですが、イコライジングのポイントってあるんですか?
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新:音を気に入ってもらえて良かったです!私自身もベース弾きなので部品を何度も差し替えて工夫しましたから。これはイコライザが効くポイントとか言う意味ではなくて、素の状態での音色のことです。オーディオのイコライザとの決定的な違いは、入力がピックアップにつながっていることです。そこがアンテナになって電磁ノイズが入ってくるのです。異常動作を避けるためには、これに対するしっかりした対策が欠かせません。また、実際に試作してみると、コントロールつまみにつながる線からも電磁波が入ってくることもわかりました。これはPCで回路図を描いて設計している段階では気づかなかった落とし穴です。回路を安定動作させるためには、可聴域以上の不必要な高域信号を出来るだけ中に入れない工夫や、もしくはその領域をアンプで増幅しない工夫が必要になってきます。これをあまり極端にやり過ぎると素の音色にも影響が出てきます。
実は弊社のある川口という立地は、文化放送(AMラジオ)の100kw出力アンテナがすぐ近くにあるという強電界地域です。ここで作ることに意味があったと言えます。
これは試作品を製作する過程で気づいたことでもあるのですが、イコライジングのパラメータの決め方には、臨機応変な設計哲学が不可欠です。いろいろなアイデアがある中で、今回私が真っ先に製作したものは、徹底的に「汎用性」に重きを置いたものです。具体的に言うと3バンドの全てにゆったりと幅を持たせてあります。全てのつまみを「0」にしていただくと音量全体が下がるので、簡単に体感していただけると思います。特定の周波数に対して狭い幅で狙うことももちろん出来ますが、それでは設計者が音を決めてしまうことになります。楽器がもともと持っている音の特徴をイコライザで壊してしまわないように心がけました。
また、ついブーストした時の音色ばかりを気にしてしまいがちですが、カットも可能であることも忘れてはいけません。特にミドルに関しては、ドンシャリなスラップサウンドを作る時に、カットする方向にも優秀なものでなくてはいけないと考えました。ブーストしたトレブルの中にある、数千Hzあたりまでの耳障りな成分をミドルコントロールによって少しカットして、より高い「サリサリ」とした部分だけを残すようにしました。そのためにもミドルはやや高めの750ヘルツにセンターを持ってきてあります。
これによって上品で切れ味の良いスラップも可能になりました。ブーストして美味しい周波数でありながら、カットして効果的な帯域幅という二つの意味を持たせました。3バンド全てをブーストした時に、音色を大きく崩さずに音量を持ち上げられるので、単純にゲインが欲しい場合にも気持ちよく使えます。こういった工夫によって汎用性のあるイコライザになったと思います。
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杉:で、もしかして、今回のプリアンプにあわせてピックアップもいじってたりしますか?
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新:そうなんです。今回のJBに付いてはピックアップコイルは少なめになっています。モデル名はLJB-02と記載していますが普段のLJB-01より400ターンほど少なくしました。その方がプリアンプでブースト方向に音を作る時に、音が大きくなりすぎないですから手元で大胆にいじるおもしろみがあります。今回は特にプリアンプの性能を感じてもらいたかったのでそうしました。ただ、LJB-01も極端にターン数の多いピックアップではないので、LJB-01の持つもう少し主張のある音色を基本にして補正するような使い方も良いな、という感想を持ちました。
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杉:ピックアップのLJB-01、通称“JUPITER”は竹田さんの手巻きピックアップですよね?ハンドメイドならではのアレンジができる点が功を奏しましたね!
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新:巻き方ごとに、一定のターン数区切りで直流抵抗やインダクタンス(コイル成分)を計測してデータを取ってありますので必要なものがすぐにできましたね。
ピックアップ製作のノウハウも竹田の中で研究が進んできているようです。Sonicに搭載することを前提にしたカスタマイズ・ピックアップとしてのJUPITERシリーズ以外に、ビンテージの仕様を踏襲したLEGENDシリーズを発表しようという計画があります。こちらもご期待ください。
ミュージシャンの役に立つブランド、常にミュージシャンの側いるブランドになっていきたい
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杉:新谷さんがラムトリックに入ったことによって新しい要素が持ち込まれましたね。竹田さんと新谷さんで得意分野がうまく融合していってる感じがするんですが、竹田さんとはどんな感じで作業の分担をされているんですか?
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新:Sonicの製作および修理で言えば、配線作業の一部、フレットの打ち替えやすり合わせなどは私が担当しています。これらの作業は非常に得意ですので完全に任されています。フレット関係は手に触れる部分ですし精度も要求されますから、丁寧に作業するように心がけています。
作業以外ですと、お客さんと竹田の間に立って通訳をするようにしています。……というと変かもしれませんが、ミュージシャンの意見というのは多くの場合とても感覚的です。一方で竹田は理詰めで楽器製作方法を検討するタイプの人間です。うまく取り持つことで竹田の高精度な仕事がミュージシャンの活動にうまく活きるようにするのも私の仕事だと思っています。ベース用プリアンプの開発についても、ベーシストの立場から、Sonicならではのプリアンプが必要であることを主張してきました。これからもっとミュージシャンの役に立つブランド、常にミュージシャンの側いるブランドになっていきたいと思っています。
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杉:ますます目が離せないこれからのSonic、期待してます!本日はいろいろお話を聞かせていただき、ありがとうございました!
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新:こちらこそ、どうもありがとうございました!