匠の技で数多のフォロワーを誇るリペアショップ八弦小唄
大阪ミナミで知らないミュージシャンはいないと言っても過言ではない八弦小唄。口コミで広がったそのリペア技術は多くのミュージシャンから絶大な信頼を得ています。今回は八弦小唄 加藤氏にサウンドメッセで初お披露目となった"So what"を発表するに至った経緯を中心にお話を聞かせていただきました。
対談
株式会社八弦小唄
代表取締役
加藤 久司
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MUSICLAND KEY
伊藤 紘幸
(L to R)
株式会社八弦小唄 加藤 氏
MUSIC LAND 伊藤
修理は採算を考えるよりもまず、その楽器を直すために全力で取り組む
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伊藤(以下、伊):本日はよろしくお願いします。
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加藤(以下、加):よろしくお願いします。
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伊:まずは加藤さんの経歴を教えてください。
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加:大阪のギタークラフト専門学校で非常勤講師をしてました。経歴らしい経歴はこれぐらいです。専門学校に勤める傍ら当時住んでいた家の1階を改造して工房に変えて、道具を揃えながら少しずつ始めました。その後2006年に北堀江に工房を移転して本格的に店舗営業をスタートさせました。
当時はリペア専門のショップはあまりなく、よくわからないながら何とかやってましたね。いろんな人に助けてもらいましたし、日々勉強させてもらいました。今考えると、よくやってこれたなと思います。まぁでも面白かったですよ。必死すぎて(笑)。最初の頃からKEYさんとはお付き合いがありましたね。
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伊:リペアが中心ですか?
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加:もちろんリペア、ずっとリペアショップですよ。
修理は仕事としてはすごくわかりやすいと思ってます。採算とかを考えるよりもまず、その楽器を直すために全力で取り組むんです。そうじゃないと直らない。直らないとお金にならないので、そりゃもう一生懸命直しますよね。そこには余計な事を考える余地もないし、だいたい0か100なんです。
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伊:その気持ちは八弦小唄さんから戻ってきた修理済みの楽器を見るとすごくわかりますね。ではリペアショップから自社ブランド(八弦小唄)の楽器を始めるきっかけみたいなものはあったのでしょうか?
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加:実はその昔にギターを数本作ったことがあったんです。でもその時は採算とか考えないといけないのが全然おもしろくなくてすぐやめました。修理にはない概念だったので、色々と勉強になりましたけどね。
しばらく経った2、3年前かな?従業員が増えた時に人手もあるしということで試しにベースを作ってみたんです。そしたらこれがすごく良いのが出来ちゃったんです!これはイケると。前に製作をやめた理由の1つにサウンド面の物足りなさもあったのですが、これなら!と思いまたギターを作ってみる事になったんです。そうこうするうちに工房の引越が決まり、場所も広くなったので、じゃあ、本格的にやろう!ってなった感じです。
ずっとやってたらヤスリひとつで何でも出来る様になりますよ
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伊:八弦小唄ブランドのギター/ベースっていわゆるヴィンテージ系ですよね。ヴィンテージ系のギターに傾倒している理由はなんでしょう?
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加:単純にヴィンテージが好きっていうのもあるんですが、携帯電話や電化製品を筆頭に世に出る製品って必ず進化していくじゃないですか。でも、エレキギター/ベースはそうなってない。最初に出てきた50年~60年前のエレキギター/ベースのスタイルが未だにスタンダードですから。おかしくないですか?意味がわかりませんよね?ところが知れば知るほどストラトの完成度のすごさに気づかされるんです。トレモロの賢いこと、エレクトロニクスの秀逸さ、ヘッドやボディの形状まで、とにかく完成度が高い。そこに60年の歴史がプラスされる訳ですから。もう無理ですね(笑)。
じゃあ、どうせ作るなら忠実に作りたいなと。これはもうリスペクトの塊ですね。新しい機械とか道具とか沢山出てくるじゃないですか。確かに便利だなーと思う物もあるんですけど。でも、ギターが大きな進化を遂げていない。じゃあ、変える必要も無いんじゃないかと。だからウチは未だに超アナログで、その昔に僕自身が専門学校で教わったまんまのやり方でやっています。
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伊:某工房さんでも同じ様な事を聞かせてもらった事がありますね。「機械よりも手の方が精度が出る」って。
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加:そうなんですよね。そらずっとやってたらヤスリひとつで何でも出来る様になりますよ。でも逆に、新しい何かを生む為には新しい道具から入ると云うのもアリですよね。
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伊:八弦小唄のギター/ベースと言えばレリック加工にも定評があります。あのセンスはどうやって磨いていかれたんですか?
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加:本当にありがたい事に修理でヴィンテージをお預かりすることで本物を沢山見れる機会に恵まれました。そもそもレリック技術は修理の技術だと思うんです。キズのある使い込まれたヴィンテージギターの修理をするにあたって風合いを損なわせずに修理する。これが根本にあると思います。
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伊:完成したギター/ベースの一部をサイトのギャラリーページで公開されていますよね。あれを見た時に1本1本のキャラクターが立っていて良い意味で一貫性が無いように感じたのですが。
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加:はじめからレリック具合を決めて作っていないというところが影響しているかもしれません。
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伊:僕が関わらせていただいているギター工房さんの中では珍しいパターンですね。
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加:そうなんですか?やり方って人それぞれですからね。でも自分でも出来上がるたびに、つくづくリペアマンが作る楽器だなぁとは思いますけどね。
最初にギターを持った時のようなワクワクやドキドキをもう一度お届けしたい
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伊:今回、新しくSo whatブランドを立ち上げられました。先鋭的なデザインを含みながらも親近感があって、温故知新な仕上がりになっていますね。ヴィンテージ系のギターを忠実に作っていたところから、なぜここへ来て新しいギターを作ろうと?
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加:ですよねー。話の流れからしたら「何で?」ってなりますよね(笑)。
お客さんに服のデザイナーさんがいて。ある日、その人が「ギターデザインしようか?」って言ってくれたんです。それまではオリジナルデザインのギターとかは全くやるつもりもなかったんですけど、「この人と何かしたら面白いんじゃないか」っていうのが始まりだったんです。
実はだいぶ軽い気持ちでやり始めたんですが、いざやり出すと、お互いの熱量がザッブンザッブンでいつの間にか超本気ですよ。学生時代、大手ナショナルブランドを超えてやろうと色々考えてた頃の気持ちを思い出したり、物作りや異業種の話など、貴重な話が聞けたり。ずっと、ワクワクやドキドキが止まりませんでした。久しぶりにそういう気持ちを思い出して、音楽や楽器の本質を再確認できたのと同時に、じゃ、せっかく楽器業界に身を置くいい大人なので、これはちゃんとアウトプットしなければ!と。皆様にお伝えしたくてしょうがなくなったんです。
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伊:So whatの名前の由来はどこからきたんですか?
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加:そのデザイナーさんからいくつか提案してもらった中で"So what"が「それ、良いな」ってピンときて。そもそもSo whatのブランドコンセプトとして"2本目にどうですか?"というのがあって、最初にギターを持った時のようなワクワクやドキドキをもう一度お届けしたい。それが目標であり目的なんです。ギターがまんま少年なんですよ。だから、面白さたっぷりのギターにしたいっていうのが念頭にありました。
きっと物作りにおいては、欠点をカバーして完成度を高めていくと思うんですが、So whatは、それがたとえ欠点であったとしても、個性と捉えて全面に押し出す事を選んだギターなんです。そんなディスカッションを重ねて出来たのがGROOVEE BOYとGROOVEE GIRLです。
実は元々GROOVEE BOYだけだったんですがサンプルが上がる過程で他メーカーさんで既に同じデザインがある事に気付くんです。今回一番胃が痛くなる事案でしたが、そこはかくかくしかじかで何とかなり、そんな過程の中でGROOVEE GIRLが誕生したんです。せっかく出来たし、両方とも出しちゃおうと。
ボディだけを見ているようでもやっぱりヘッドまでのバランスで見ている
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伊:両モデルの仕様を教えていただけますか?
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加:BOY/GIRL共通で、木材のスペックはアルダーボディにメイプルネック。指板はローズとメイプルの2種類を用意してます。BOYの方は左用PU搭載の1V1T仕様、カラーバリエーションは5色。GIRLの方は右用PU搭載の1V2T仕様、シアン、マゼンタ、イエローの3色ですね。
ボディデザインですが、これは実はストラトシェイプの上半分(センターPU辺り)をひっくり返しただけなんです。
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伊:あ、本当ですね!シンプルな変更ですけど、かなり印象が変わりますね。ラージヘッドは今回のモデルの発案の段階からですか?
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加:試行錯誤の結果、ラージヘッドに……、これ普通のラージヘッドよりもかなり大きいラージラージヘッドになってるんですよ。
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伊:比べて見ると差が歴然ですね!
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加:あと、ボディとのバランス。ボディだけを見ているようでもやっぱりヘッドまでのバランスで見てるんです。ヘッドが変わるだけでボディの印象も変わったりするんでね。
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伊:僕もなるべくしてなったなって感じました。
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加:実はかなり大きいヘッドなんですが意外と万能なヘッドなんですよ。それはまた後々にもわかると思いますので楽しみにしていてください。
長年悶々と考えていたことが少しづつカタチになってきた
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伊:工場生産として仕上がってきたギターの完成度はどうですか?
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加:想像以上の仕上がりでした。
今回一人でも多くの方に"お伝え"したいので、自社では作らず、工場の方にお願いする事にしたのですが、最初にサンプルとしてこちらで作った実機を持ち込んだんですが、これがまた、音の出方とかセッティングだったりとか忠実に再現していただけましたね。本当に驚きました!全くの想像の中の自己満足ですけど、まずは工場の方に"お伝え"出来たかなとうれしくなりましたね。
ただ、量産工場であるがゆえの効率性やリスク回避方針の点に関しては慎重にディスカッションは重ねました。先日、工場に向かった際は塗装の色味の事だったのですが、こちらの希望を伝えるのに必死でしたね。担当の方も、まさか塗装が出来るヤツと話するとも思ってないでしょうし、「こうやって塗ったら出来るから!」とか言われても、あちらの都合もあるだろうし、困っちゃいますよね。色々ご迷惑ばっかりかけていますが、とことんお付き合いしていただいてます。
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伊:セットアップは1本1本八弦小唄の工房内でされるんですよね?
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加:工場から届いた時点で状態を確認して、検品の際に必要なセットアップはこちらでも行う予定です。アフターフォローも当社で行いますのでご安心ください。それ本職ですしね(笑)。
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伊:工場での最終の詰めは終わりました?
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加:そうですね、あとは熟練の職人さんにお任せして完成を心待ちにしています。
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伊:今後の展望などはありますか?
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加:色々と青写真は描いてますが、それはヒミツですよ!
ただ、ここへきてようやく、長年悶々と考えていたことが少しづつですが、カタチになってきたかなという手応えみたいなものは感じているので、なんとか途中で力尽きることなく、いちリペアマンとして、従業員一同で頑張っていきたいと思っています!
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伊:楽しみにしています!本日はありがとうございました!
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加:ありがとうございました!