設計から全てのアイデアを菅野氏一人で担う究極のコンセプトギター Caparison Guitars
独創的なボディ形状、隅々まで拘りが詰まったMade in Japan、今も尚進化し続けているキャパリソンギター。今回はCaparison Guitarsのデザイナー管野氏、そしてイギリス本国よりCaparison Guitar Company ディレクターガブリエル氏にお話しをお伺いしました。
鼎談
Caparison Guitar Company
ガブリエル
×
Caparison Guitars Designer
菅野 到
×
MUSICLAND KEY
下田 紀彦

(L to R)
Caparison Guitar Company ガブリエル 氏
Caparison Guitars Designer 菅野 氏
MUSIC LAND 下田
Caparison Guitarの概念として、1つのモデルをスペックだけ落として価格を下げるという事はやりません
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下田(以下、下):今日はよろしくお願いします。
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菅野(以下、菅):こちらこそお願いします。
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ガブリエル(以下、ガ):よろしくお願いします。
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下:ブランドの立ち上げはいつ頃からなのでしょうか?
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菅:はい、1995年に立ち上げまして、実質販売は1996年からですね。ですのでかれこれ18年位経ちますかね。Caparison Guitarの立ち上げ自体ですね、私は元々日本向けのJackson、Charvelの企画をしておりまして、それから色々政治的な絡みがございまして、オリジナルブランドを製作する事となる訳ですが、その頃から考えていたアイデアがありましたが、Jackson、Charvelでは色々制約があり使えない物が多く、その貯まったアイデアをCaparison Guitarで形に出来たという事ですね。元々はコストパフォーマンスモデル、そしてハイエンドモデルと2つのコンセプトで発表したのですが、パフォーマンスモデルはすぐに無くなってしまいましたね(笑)。
Caparison Guitarの概念として、1つのモデルをスペックだけ落として価格を下げるという事はやりません。やるとしてもベーシックなスタイルを変えずにピックアップだけ変更出来るとか、コントロールが変更出来る位で基本は殆ど変えないですね。やるとすれば完全にコストパフォーマンスモデルとして生産ラインを変えて行いますので、前途で述べたハイエンドラインでのパフォーマンスモデルは製作しません。
日本市場より先に海外に目を向けたというのは発売当初からの狙い
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下:Caparisonの初製作はどのモデルになるのでしょうか?
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菅:そうですね、一番最初のモデルは「Horus」ですね。
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下:いきなり27フレットからですか!!
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菅:そうなんですよ、あの頃はいきなりトップスピードで飛ばして行きましたよ。というのは既にあの頃から市場には沢山のギターがありましたから、何か特徴的なモデルで攻めようみたいな動きをしていましたね。当時のTATモデルは中にブースターとか入れてノーマルサウンドは出ないみたいな、他のギターでは絶対こんな音は出せないだろうという感じでやってましたから……。他ブランドさんからすれば、何だこのギターって感じでしょうね(笑)。
またあの当時はJackson等のハイミッドが強いサウンドが流行でしたからその逆を行こうと思いまして、Caparisonではミッド、ローが出る様に特徴を持たせましたね。それがその後ヨーロッパの方でチューニングを落として演奏するという、今で言う所のメタルの原型みたいなサウンドが出て来まして、それが丁度Caparisonのサウンドがはまり、ヨーロッパの方でこのギターを使用するアーティストが増えた形ですね。
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下:海外で先に火が付き、その後日本で流通するという動きはもしかして初めからの作戦ですか?
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菅:そうですね、Caparison Guitarを世界に向けて発信したかったので、日本市場より先に海外に目を向けたというのは発売当初からの狙いですね。
話しが逸れましたが、「Horus」の次に「TAT」、そして「Angelus」、「Dellinger」という流れですね。
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下:Dellingerはかなり後なんですね。
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菅:そうなんですよ、イメージ的にDellingerが一番最初でって感じですけどね……。ただ94年の段階でこれらのモデルの図面は全て完成してまして……、そうですね、TAT Specialも出来てましたね。元々スルーネックが得意だったという事がありましたからそちらが先に発売ということになりましたが、Dellingerはボルトオンじゃないですか、なのでジョイント部分を少し改良する点から最後に発売という動きになりましたね、そうですね、94年から4年位後になりますかね。